Chapter 21 識別子のスコープ規則
本章では,プログラムに使用される名前の有効範囲(スコープ規則)を定義する.
17.2節で定義した通り,識別子は,以下の 7種類のクラスの名前として使用される.
識別子名 | 名前クラス |
---|---|
vid | 変数とデータコンストラクタ名 |
strid | ストラクチャ名 |
sigid | シグネチャ名 |
funid | ファンクタ名 |
tycon | 型構成子名 |
tyvar | 型変数名 |
lab | レコードラベル |
この中で,’...の形をした型変数名は,他の名前とは字句構造上区 別される. それ以外の名前の字句構造は重なりを持つ. 例えばAは,型変数名以外の他の全ての名前として使用される. 第21章で定義する通り,これら同一の識別子のクラスは, それがプログラム中に現れる位置によって一意に定まるように,文法が定義され ている. さらにこれらの名前は,そのクラス毎に独立な名前空間で管理されるた め,各クラスの名前として同一の字句を使用することができる. 以下は,名前の使用の例である.
(* 1 *) val A = {A = 1}
(* 2 *) type ’A A = {A: ’A}
(* 3 *) signature A = sig val A : int A end
(* 4 *) functor A () : A = struct val A = {A = 1} end
(* 5 *) structure A : A = A()
(* 6 *) val x = A.A
(* 7 *) val y = A : int A
7行目の最初のAは1行目の変数Aを,2番目のA は2行目の型構成子Aを参照しており,6行目の最初のAは5行目 のストラクチャを参照している.
レコードラベル以外の名前は,プログラムの構文によって定義され,そ の定義が有効な範囲で参照される. 名前の定義を含む構文とそれによって定義される名前は以下の通りであ る.
-
1.
分割コンパイルのインタフェイスファイル. インタフェイスファイルに含まれるプロバイドリストは名前を定義する. 例えば,インタフェイスファイルに
_require "myLibrary.smi"
val x : int
datatype foo = A of int | B of boolの記述があれば,変数x,データ構成子A,B,型名foo が定義される.
-
2.
ストラクチャ宣言. ストラクチャ名とストラクチャ内の各宣言が定義する名前に ストラクチャ名をプリフィックスしたロング名が定義される. 例えば,ストラクチャ式がロング識別子名集合を定義する場合, ストラクチャ宣言structure S = によってストラクチャ名 Sおよび,ロング名の集合 が定義される.
-
3.
ファンクタ宣言. ファンクタ名とファンクタの引数の宣言仕様の各名前が定義される. 例えばfunctor F(type foo) = によってファンクタ名 Fと型構成子名fooが定義される.
-
4.
型構成子の別名宣言. 型構成子名と型構成子の型変数引数が定義される. 例えばtype foo = によって型名(引数を持たない型構 成子)fooが定義される.
-
5.
データ型宣言. 型構成子名と型構成子の型変数引数,データ構成子名が定義される. 例えばdatatype ’a foo = A of int | B of boolによって 型名foo,型変数’a,データ構成子名A,Bが定義 される .
-
6.
例外宣言. 例外構成子名が定義される. 例えばexception Eによって例外名Eが定義される.
-
7.
値束縛宣言. 束縛パターンに含まれる変数が定義される. 例えば,xがデータ構成子として定義されていない位置で val x = 1と宣言すると変数xが定義される.
-
8.
関数宣言. 関数名と関数の引数パターンに含まれる変数が定義される. 例えば,xがデータ構成子として定義されていない位置で fun f x = 1と宣言すると変数fが定義される.
-
9.
fn式. 引数パターンに含まれる変数が定義される. 例えば,xがデータ構成子として定義されていない位置で fn x => xでは,変数xが定義され使用されている.
-
10.
case式. ケースパターンに含まれる変数が定義される. 例えば,xがデータ構成子として定義されていない位置で case y of A x => xでは変数xが定義され使用されている.
-
11.
SQL式. _sqlから始まる形のSQL式には,変数定義が含まれるもの がある. これらは第22章で定義する.
これら定義された名前の定義は,それぞれの名前空間毎に,その名前定 義が現れる構文によって決まるスコープ(変数が参照できる範囲)を持つ. ALGOL系ブロック構造言語の伝統を受け継ぐSML#言語では, スコープを区切る構文は入れ子構造を成すため,名前定義のスコープも一般に 入れ子状に重なりをもつ. 各名前定義のスコープは,内側に現れる同一種類の同名の変数のスコー プを除いた部分と定義される.
SML#言語のスコープを区切る構文とそれら構文に現れる名前の 定義のスコープ規則を定義する. 実際のスコープは,以下定義されるスコープから,内側に現れる同種類 の同名の名前のスコープを除いた部分である.
-
•
分割コンパイル単位.
分割コンパイル単位は一つのソースファイル srcFule.smlである.
srcFile.smlのトップレベルの宣言に含まれる名前定 義のスコープは,それに続くファイル全体である.
さらに,このソースファイルに対応するインターフェイスファイル srcFile.smiが定義する名前のスコープは,ソースファイル全 体である. インターフェイスファイルsrcFile.smiで定義される 名前は,インターフェイスファイルに直接含まれる各_require文で参照 されるインターフェイスファイルが定義するすべての名前である.
-
•
ストラクチャ生成文.
struct endのトップレベルの宣言に含まれる名前定 義のスコープは,その定義に続くendまでの部分である.
-
•
local構文.
構文local decl in decl end のdeclの中の宣言に含まれる名前のスコープは, その宣言以降のdeclの部分およびdecl全体である. declの中の宣言に含まれる名前のスコープは, その宣言以降のdeclの部分である.
-
•
let構文.
構文let decl in exp end のdeclの中に現れる宣言に含まれる名前定義のスコープは その宣言以降のdecl1の部分およびexpである.
-
•
fun宣言
構文
fun id pat pat = exp
| id pat pat = expにおいて,関数名idのスコープは,expから expの各式, パターンpatに含まれる変数定義のスコープは,対応する expである.
-
•
fn式
構文
fn pat => exp | | pat => exp
において,パターンpatに含まれる変数定義のスコープは,対応するexpである.
-
•
case式
構文
case of pat => exp | | pat => exp
において,パターンpatに含まれる変数定義のスコープは,対応するexpである.